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【本編ネタバレ有】にっかり青江が拾う家言の櫛 後日談

2018-05-20 14:24:33

※「にっかり青江が拾う家言の櫛」の後日談となるので、本編の視聴をしてから見てね。
刀剣CoCシナリオ「家言の櫛(作:火薬袋様『二つの心臓』より)」のネタバレでもあるから、PL予定のある方も見ちゃダメ。

※セッション後にPLのいちちゃんから頂いたお話です。ありがとう、ありがとう……!









【にっかり青江のその後の話】


雨がしとしと降っている。濡れた土の香りと気だるい湿気がたっぷりと漂う本丸の中、にっかり青江は、近侍部屋からぼんやりと庭の様子を眺めていた。

あの一件から早数日が経つ。にっかり青江の全身を包んでいた不安や緊張は、にわかにではあるものの雨に溶かされ始めていた。お遣いに行く迄と同じように近侍としての役目を果たし、戦場で刀を振るい、人の真似事に興じながら、日々を過ごしている。いつもどおりの、歴史を守るための日常だ。

「……雨の季節は、もうおしまいが近いみたいだよ」

にっかり青江は唐突に、誰に語りかけるでもなくそんなことを呟いた。雨の音や遠くから聞こえる本丸の喧騒にかき消されそうな声に、反応するものはない。しかし意に介することもなく、にっかり青江は続ける。

「歌仙は雨の句を読むのに飽きてしまったと言っていたねぇ。短刀たちもそろそろ部屋遊びが退屈になってきたみたいで……ふふ、もう織姫と彦星の逢瀬の心配まで始める始末さ、幾ら何でもせっかちだと思わないかい」

にっかり青江は口元を緩めながらそう語りかけ、視線をちらと、部屋の隅にやった。
視線の先。床の間には一振りの抜身の太刀―――源氏の重宝たる髭切が、刀掛に飾られている。あの日、にっかり青江と石切丸とともにこの本丸にかえって来た、まさしくその刀だ。審神者曰く、付喪神の気配はすれど人の姿を保てない状態だという刀は、当然、にっかり青江の独り言に何の反応も示さない。
おもむろに立ち上がったにっかり青江は髭切に近づくと、そっと柄を手に取る。
窓から入り込むひんやりした冷気のせいだろうか。刀をやや掲げて照明に照らして見れば、かの刀の切っ先は自分が知るよりも随分と冴えて見えた。にっかり青江は窓際に座り込むと、自分の隣の空間に髭切を突き立てる。にっかり青江の指が離れてなお、静かに畳に刺さった髭切は黙したまま、誇るようにすらりと立ち続けている。自身の膝を抱えて座る男士は、どこか遠くを見つめながら、鉄塊の隣でさらに言葉を紡いだ。

「君と出逢ってからそろそろ……えぇと、何日だったかな……まぁいいか。何にせよ、石切丸も僕も、ようやく生きた心地がしてきた頃でねぇ。いやはや参ったよ、まさかかまどの炎に吐き気を覚える日が来るなんてね」

くすくすと笑う、にっかり青江の声。

「それだけ時間が経ってしまったからね……ほら。あの紫陽花たちももうそろそろ、雨にうんざりし始めているみたいなんだ」

この部屋からは、庭に咲いた紫陽花たちがよく見える。青や紫に咲き誇っていたその花々が、しかし花弁の縁から少しずつ色褪せ始めている様子も、よく見える。雨に打たれすぎたからか、花弁としての役目の終わりを感じたからか。ともかく近づきつつあるその花々のおしまいは同時に、一振りの刀のおしまいも告げていた。

「ねぇ。色々あったけど、僕は『君』に会えて良かったと思っているよ」
「あの日の出来事はきっと、とても不幸で、残酷で、最悪で……ふふ、あんな寄り道は、もう二度と御免だと思ったよ」
「けどさ」

にっかり青江は言葉を切ると、左の手で自身の右肩を抱いた。金色の瞳をそっと伏せ、そして、瞼を緩やかに閉じる。口角が自然に上がったのが、分かった。

「君が居たから僕はここに帰るという目的を見失わずにいれたし、失う恐怖と向き合えた」
「何より君のおかげで、僕は"にっかり青江"と向き合えた」

神であるのに、万能でもなければ全智でもない。物であるのに、痛みや苦しみを感じる。人であるのに、体躯に宿る力はその身の限界を逸している。刀剣男士である故に、何れでもあり、何れでもない。

「ねぇ、本当は、僕はね……」

にっかり青江の閉じた瞼から、一筋。

「…………やっぱり、まだ少しだけ怖いんだ……」

吐露する声を震わせたのは、目の前に広がる巨大な炎を見たときに抱いたあの感情だった。 脳髄、あるいは心と呼ばれるものの奥の奥に、あの炎の中でにっかり青江が感じた感情は、今でもはっきりと残っていた。自身の始まりと終わりを想起させた炎は、瞼の向こう側で今でも燻り続けている。にっかり青江の根本たる部分を、今でも焦がし続けている。どんなに慣れ親しんだ日常に浸っても、どれだけ戦場で強大な敵を斬り捨てても、あの燻りだけは自分を離してくれやしない。
けれど。


「…………でもね」
「……それでも生きていたいと、生きなければと。君と出会ったから、僕は、今でもそう思えるんだよ」

にっかり青江はそう零して、ゆっくり目を開ける。髭切は相変わらずにっかり青江の隣に立ち尽くしていた。ただ、刃を凛と冴え渡らせたまま。
空白の時間がどれだけあっただろう。黙した二振りが並ぶ部屋には、遠くの雨の音だけが落ちてくる。やがてそのうち、ぼんやりと滲んだ部屋にとんとんとん、と。誰かの足音が近づいてきたのが聞こえてきた。襖の向こうから声をかけてきたその刀に返事をしてやると、一拍置いてからりと襖が開く。

「青江、主が呼んでいたよ。準備ができたそうだ」
「あぁ、分かった」


姿を現した石切丸の言葉にゆるりと立ち上がったにっかり青江は、『髭切』を畳から抜く。
そして何を思ったのか一度だけ、ひゅん、と、その刀をゆるく振ってみた。滲んだ空気を払うような、軽やかなな所作で。
にっかり青江は幾許か、思案するような表情で太刀を眺めていたが、やがて満足気に笑う。

「うん、君は…………君たちは、本当に良い刀だ」

にっかり青江と石切丸、それに『髭切』は、近侍部屋を後にした。床の間には、もう何も飾られていない刀掛。

雨はきっともうすぐ止む。
かの本丸のにっかり青江は、今日も笑う。
溢れるほどの苦痛と矛盾と、そして幸福を抱えて、今日もにっかりと、笑うのだ。


【近侍・にっかり青江のその後の話_了】



投稿者:

いか10

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