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ノセールの吸血鬼解説ブロマガ

吸血鬼小説・ティークの『死者よ目覚めるなかれ』の日本語訳を公開します

2017-06-09 23:51:11

ブロマガサービス終了に伴い移転しました。
吸血鬼小説・ティークの『死者よ目覚めるなかれ』の日本語訳を公開します - 吸血鬼の歴史に詳しくなるブログ (vampire-load-ruthven.com)

【目 次】

①この記事
最初の吸血鬼小説&最初の女吸血鬼小説『死者よ目覚めるなかれ』の解説
吸血鬼小説『死者よ目覚めるなかれ』の作者はティークではなくて別人だった!本当の作者とは!?

エルンスト・ラウパッハ、吸血鬼小説『死者よ目覚めるなかれ』の本当の作者について
世界初の女吸血鬼の小説は『死者よ目覚めるなかれ』ではなく、E.T.A.ホフマンの『吸血鬼の女』だった?

上記記事はそれぞれ関連しており、前の記事を見たという前提で話が進みますので、順番に記事をご覧ください。


 平素はゆっくりと学ぶ吸血鬼をご視聴頂きありがとうございます。

この記事では、一部の吸血鬼マニアから翻訳が望まれているヨハン・ルートヴィヒ・ティーク(吸血鬼の事典の表記ではティエック)の「死者よ目覚めるなかれ」(英語原題名:Wake not the dead!)を機械翻訳に頼ったガバガバ抄訳を紹介を紹介します。

【2017.6.26追記】
元のドイツ語の原題名は「Laßt die Todten ruhen」、英語では「Let the dead rest」となり、日本語にすると「死んだままにせよ」という意味になります。
そしてなんと、この作品の作者はティークではなくて別人が本当の作者であるという説が、海外では有力視されていることが判明しました。

詳細は下記の記事にて紹介していますが、まずはこの記事をご覧になってから、下記記事をご覧下さい。
吸血鬼小説「死者よ目覚めるなかれ」の作者はティークではなかった!本当の作者とは!
【追記ここまで】

 実は下記の動画で大まかなストーリーを紹介しているのですが、今回はより詳しい翻訳を紹介します。

 普段私の動画シリーズをご覧になってない方向けに概要を説明していきます。一般的に吸血鬼小説は吸血鬼ドラキュラが最初だと思っている人もいるようですが、実は吸血鬼作品はドラキュラ以前にも多数存在しています。そしてこの「死者よ目覚めるなかれ」は1800年に出版されたもので、吸血鬼ドラキュラよりも97年前に出来た作品です。詩も含めるとこの作品よりも古い吸血鬼作品は存在しますが、『小説』という媒体において、現在判明してるものでは最古の吸血鬼小説」とされています。そして海外では「記憶されるべき女吸血鬼が出てきた最初の作品」としても紹介されています。ということで、最古の吸血鬼小説は、女吸血鬼が出てきた最初の小説でもあるということです。女吸血鬼は吸血鬼カーミラが有名ですが、日本でほぼカーミラしか認知されていないだけであり、実際はドラキュラが出てくるまでは吸血鬼といえば「女」であるというのが海外の評論家の認識です。(種村季弘『吸血鬼幻想』より、マリオ・プラーツの研究や、マシュー・バンソン『吸血鬼の事典』より)

【2017.6.26追記】
 この作品はティークでなく、別人が本当の作者であるという説が、海外では有力視されています。そして初版は1800年というのは根拠がなく、今の所1823年が初版の様です。よってこの作品が『最初の吸血鬼小説&最初の女吸血鬼の小説』ではない可能性が浮上しました。詳細は後日、動画とブロマガで解説します。
【追記ここまで】

 このようにティークの「死者よ目覚めるなかれ」は吸血鬼の歴史を見る上では非常に重要な作品です。なので一部の吸血鬼マニアからは「日本語訳が見たい」という声が時折ネット上等で散見されます。だがこの作品の日本語訳は存在せず、マシュー・バンソンの「吸血鬼の事典」、ホビージャパンから出版された「萌える!ヴァパイア事典」にちょっとした概要が紹介されるに留まるのみです。なかでも萌え事典が一番概要を紹介しているという現状です。

 そういう事情があるところに、原文はパブリックドメインであり海外では普通にネット上で公開されていることを知りました。そして機械翻訳にかけてみたところ、大まかな内容を知ることができました。本来機械翻訳と辞書に頼った素人翻訳なぞ誰も望まないものでしょうが、先ほども述べたようにこの作品は、吸血鬼の歴史を追っていく上では非常に重要な作品であるのに日本語訳が存在しません。よって素人翻訳でも需要があると思い、今回紹介することにしました。自分で機械翻訳して読むよりは読みやすいという程度のものですのであまり期待はしないで下さい。
 さて吸血鬼の事典、萌え事典で紹介されている概要は次の通り。

 夫ウォルターは死んでしまった世にも美しい妻、ブルンヒルダ(Brunhilda)の事が忘れられない。ある日魔法使いと知り合ったので、ブルンヒルダを生き返らせて貰う。生き返ったブルンヒルダは神秘的な視線で威圧する能力をもつ。ブルンヒルダは生き続けるための「暖かい生命の炎」を保つことが出来ず、人間の血から栄養を得たいという衝動に負ける。そしてある日青年の血を「静脈」から血を吸い取ってしまう。

 以降ブルンヒルダは血の虜になり、近所の子供を優しい笑顔と言葉で安心させてから家に連れ込み、膝の上で子供が寝たところを見計らって、子供の血を吸うようになる。血を吸われた物は死ぬか、死なないにしても髪は灰色になり死人のように皺だらけになってしまう。

 夫のウォルターだけは襲わないようにしていたブルンヒルダがであったが、我慢できずに夫を襲うが失敗。ウォルターは魔法使いに彼女を殺す方法を聞き出す。ブルンヒルダは全ての能力を失う新月の晩に夫に胸をさされて2度目の死を迎える。

※作者はドイツ人なので、夫ウォルターは本来ならヴァルターとかワルターと呼ぶのが正しいでしょうが、吸血鬼解説本ではウォルター表記で統一されているので、ここでも英語読みのウォルターで表記していきます。

 以上が萌えるヴァンパイア事典や吸血鬼の事典で紹介されていた概要です。この概要だけでも今の吸血鬼像とは大分違うことが伺えます。今の吸血鬼像はジョン・ポリドリの『吸血鬼』という作品が土台であり、そこから色んな小説家によって色んな設定が加わり、吸血鬼ドラキュラで一つの完成系となりました。それ以前の吸血鬼は民間伝承で語られていた吸血鬼に近いものがあります。このあたりの解説は物語を紹介した後に解説していきます。

 さてこの概要を聞くと、美しい夫婦の物語と思われたかもしれません。少なくとも私はそう思いました。だが原文を見た時の私の感想は

「綺麗な思い出を返してくれ!」というものでした。

 いやもう、想像のななめ上でした。綺麗な思い出を壊したくない方は決して見ないで下さい。
 と前置きをしたところで翻訳を紹介していきます。この時代の英語は古英語であり、今では使われない表現が多数ある為、全訳は私の能力では厳しいので抄訳です。また直訳すると分かり辛い所も多々あるので、意訳も多くなっています。あくまで話の内容が大まかに分かればいいというのが目的です。正確な翻訳が見てみたい人は、ぜひ原文をご覧になってください。
今の吸血鬼像とは違う部分も多々ありますが、それは別記事にて解説します。若しくはこちらの動画シリーズを全編ご覧下さい。
それでははじまりはじまり。


PGA(死者よ目覚めるなかれの英訳版・パブリックドメイン)
サイト名不明(死者よ目覚めるなかれの英訳版・パブリックドメイン)
Wake Not the Dead (English Edition) Kindle版
(死者よ目覚めるなかれの 英語訳・kindle版 日本円で購入可能)
Lasst die Toten ruhen (German Edition) Kindle版
(死者よ目覚めるなかれの ドイツ語原著・kindle版 日本円で購入可能)



『死者よ目覚めるなかれ』
ドイツ語原題:"Laßt die Todten ruhen"
英語原題:"Wake not the dead"


 君はいつまで眠りにつくのか、私の愛する者よ。君はもう二度と目を覚ますことはないが、地上での短い巡礼から永遠に眠っているのかい?今度、もう一度私の元に帰ってきてくれ。君の友人は悲しんでいるのかな?

 彼は悲しみの涙を流すのか?そして、君は彼の苦しみを忘れているか?彼は絶望している、そして、君も絶望している。君の腕から悲しみを解放することはもうないのか?そしてそれは、蒼白い屍衣は花嫁のベールよりも優れているのか?墓の部屋は愛の寝床よりも暖かいベッドなのかい?ああ、私の最愛の人は、再び不信神な胸に再び戻る。

 このような嘆きをウォルターは、かつて情熱的に愛していた妻のブルンヒルダ(Brunhilda)に注いでいた。だからウォルターは真夜中にはいつも墓を彷徨っていた。厄介な空気の中で支配されていた魂は、空中で化け物の軍団を送りつける。月の下でその影が野性味を帯びて飛び散り、罪人の胸を互いに追いかけていく思いを奮起させるように、その墓の近くの背の高いリンデンの木の下で嘆き、冷たい石に頭をもたせ掛けるのであった。

 ウォルターはブルゴーニュの強力な君主だ。ウォルターが若いころ、他の女性よりもはるかに上回る美しいブルンヒルダの魅力にぞっこんとなった。彼女の漆黒のごとく光沢のある髪の毛は、彼女の肩で光沢をはなちながら靡き、頬は天国のように鮮やかであった。彼女の淡い輝きの目が夜には誇らしく輝き、魂を満たしている。ブルンヒルダはウォルターの妻となり、両者は互いに魅了された。夫婦は互いに魅了していく一方で、情熱の楽しみの為に自分自身を放棄した。彼らの唯一の不安はこの情熱がいつか覚めてしまわないかということであった。しかし運命から逃れようとするのは無駄だった。この熱狂的な情熱は短かった。ブルンヒルダは死の寝床についてしまったのだ。しかし夫ウォルターは長いこと悲しみに入ることはなかった。何故ならウォルターは、もう一人の若い貴族の娘と夫婦になったからだ。
 
 ウォルターの後妻スワンヒルダ(Swanhilda)も美しかった。ブルンヒルダとはまた違った魅力を持つ女性であった。彼女の金色の垂れ髪は、朝の晴れやかさの如く明るく振る舞った。彼女の魂の感情に感応して、薔薇の様な色合いをした唇、彼女の目の輝きは、優しさや静けさ、そして星の穏やかな輝きを放っていた。このようにスワンヒルダは夫の喜ぶことについて学び、夫に不幸を思い起こさせなかった。そしてスワンヒルダは、ウォルターとの間に二人の子供、息子と娘をもうけた。息子は母の堅実さを受け継ぎ、父からは落ち着きのなさの気質を受け継いだ。娘も母親の穏やかな面を受け継いだようだ。このようにウォルターは幸せに暮らしていた。

 しかし、雲は空気に溶け込み、花は枯れ果て、砂時計の砂はいつか全て落ちてしまう…それと同じように、人間の幸福もいつしか同じように消え去るもの。そう、ウォルターの幸せな気持ちは消え去り、不安が再び沸き起こったのだ。かつてブルンヒルダと一緒に過ごした当時の情熱的な夢を思い起こすようになってしまう。ウォルターは過去と現在を何かと比べるようになる。それは後に愛したスワンヒルダも例外ではなく、彼女もそのことに気が付いたようだ。そこでスワンヒルダは再び愛情を結束させるべく、ウォルターの愛情を取り戻すべく努力した。子供たちは両親が和解するための鎹として期待された。しかし人間の心から悪をいざなうことが出来るのと同じで、問題の根は余りにも深く、ウォルターの妄執を止めることは出来なかった。ウォルターは度々ブルンヒルダの墓を修繕し不満を訴えた。

「ブルンヒルダよ、君は永遠に眠り続けるのかい?」

 ある夜、ウォルターが芝生に横たわっていると、近隣の山に住み魔術師が彼の悲しみと耽溺の波動を感知し、ウォルターの元に現れた。魔術師は超自然的な影響を受けて神秘的な呪文を操る存在である。
(注:「超自然的な力」という表現は、19世紀頃の小説にはよく見られる表記です。あの大デュマの作品「蒼ざめた貴婦人」でも見られる表記です。しっくりこない方は、魔力とか妖気に置きかえてください。)

「優しく哀れな者よ、お主はなぜ悲観しておる?塵から生まれた存在の為に、無駄な苦悩を楽しんでいる。こんな虚しいことを自ら味わうのか?」

ウォルターは起き上がって答える。

「私自身も土から生まれた者。土から生まれた仲間の為に嘆くことは当たり前であり、それが真実でしょう。それは愛と呼ばれる物です。この情熱は今、この芝の下に寝ている私の元妻の為に感じているのです。」

「そうやって苦悩すれば彼女は目が覚めるのか?目覚めさせることが出来るのか?もしかしたらお主の妻は、休息を妨げたことを直ちに叱責するかもしれんぞ?」

「黙れ、消え失せろ!あんたには愛が何であるのか分からない。私の涙は、彼女を覆っている土を洗い流すことができる!私の苦悶の声は、妻を死の眠りから目覚めさせることができる!そう、妻は二度と土の寝床を探さなくなるのだ!」

「お主は何も知らぬのだな。死の墓より引き返してきた者に、周りの者が震え上がらないと思うか?お主の妻は分かれた者と同じだと思うか?お主の愛はむしろ憎しみと嫌悪に変わるのではないか?」

「むしろ、あの天空で発光している星に、太陽が空で星の光を発することをこれからは拒否すると言ってくれ!私の妻が私の前にもう一度立つために!死や時が私達の間に踏み出したことを忘れるべきだ!」

「熱血からワインの煙が生まれるような、見事なまでの空想だな!だがお主を惑わすことは儂が望むところではない。お主の死者をお主の元に復活させようではないか。そうすれば我が話したことは真実であったとすぐに感じることであろう。」

「そんなことができるのか!?すぐに彼女を私の元に戻してくれ!」
ウォルターは魔法使いの足元にしがみついて叫ぶ。

「ああ!あなたが本当にそんなことが出来るのなら、どうか私の真摯な願いを叶えて下さい。私の熱心な祈りを叶えてください。人間の感情の鼓動があなたの胸で共鳴するのであれば、私の涙をあなたが受け継いで下さい。そう、祝福の行為で、その御業で私の愛する人を蘇らせて下さい!」

「祝福の行為!祝福された御業!」魔術師は軽蔑を浮かべた表情で返す。

「我は善でも悪でもない、ただそこにいるだけの存在だ。お主らだけが悪を知っている。そしてお主らは悪行をしない者であろうか?だが我にはお主の妻をここに戻す力を有しておる。その前に生と死の間の溝がどれだけ深いかよく考えてみるのだ。我には生と死のはざまに橋を架けることができるが、この恐ろしい溝を埋め合わすことは出来ぬからな。」

 ウォルターはこの強力な協力者に必死に嘆願して、助力を得ようとした。だが魔術師は遮った。
「静まれ!明日の真夜中に戻ってくる。それまでによく考えてくるのだ。我はお主に警告しておくぞ。」

『死者を起こすことなかれ(Wake not the dead)』

 忠告の言葉を残した後、魔術師は消え去った。新たな希望を得たウォルターはどうするべきか悩む。幸福のビジョンが次から次へと見えてきては憂鬱になるのであった。

 翌日ウォルターは当てもなく森の中を彷徨っていた。再びブルンヒルダを自分のもとに戻したい。再びブルンヒルダを自らの腕(かいな)で抱きしめたい。一日中彼女の視線を受けて、夜にはブルンヒルダの胸で眠りたい。ウォルターの頭のなかはこのような想像で満たされていた。だが昨日であった老魔法使いの警告も、頭の中でよぎるのであった。

真夜中の時間になると、件の魔法使いがブルンヒルダの墓所で既に待機していた。

「どうだ、慎重に熟慮したかね?」

「ああ、どうか私が熱心に思い続けた存在を私の元に引き戻して下さい!」と、激情をもってウォルターは叫ぶ。

「私には熟慮する必要すらない!私は貴方に要求することは、昨日私に約束してくれたことです!」

「ではもう一度お主に警告しておくぞ。」老魔法使い落ち着き払って答える。

『死者を起こすことなかれ(Wake not the dead)-彼女は休ませておけ。」

「その通りです。だがそれは冷たい墓の中ではなく、彼女を抱きしめることが出来るこの情熱の胸こそが、彼女への安静となります。」

「よく考え給え。嫌悪と恐怖がお主の心を捕えなかったにしても、それはとんだ恐ろしい事態を招きかねないのだぞ?」

「この老いぼれめ!私がこれほどまでの情熱を持っているのに、どうして私が彼女を恐れ憎むと思うのか!?」

「ならばお主が一番利口であるように振る舞うがいい。」

 そうすると魔法使いは墓の周りに円を描く。すぐに嵐が巻き起こり木々がざわめく。フクロウは羽ばたき、低い声で鳴く。星は光り輝くのをやめる。石は墓から転がる。魔法使いは魔力をもった根やハーブの匂いをさせている。そうすると土が爆ぜ、棺はむき出しとなりそこに月光が降り注いだ。そうすると棺は強烈は破裂音をさせて開くのであった。魔術師は頭蓋骨に血を垂らして叫ぶ。

「さあ眠れる者よ、この暖かい生命の川を取り込むのだ。汝の心臓が再び汝の胸で鼓動するために。」

そうしてしばらくした後、今度は神秘的な液体を流して声高に叫んだ。

「うむ、汝の心の臓腑はもう一度生命の洪水で鼓動する。汝の目は再び光を灯す。墓から起き上がってくるのだ。」

 突然地面がせり上がり、ブルンヒルダは目に見えない力で土の寝床から運び出された。魔法使いは彼女の手を取り、少し距離を置いて驚きのあまり呆然と立っていたウォルターに向かって、彼女が寝ていた地面を指す。

「これでお主の情熱的な目的は果たされ、私の力は二度と必要としなくなった。だがそれでも何か起きて我が助力が必要となったのであれば、月が満ちているとき、その地点の山々の三つの道が交わるところで我を見つけることができる。

 ウォルターは目の前に立っていた、熱烈に愛していたブルンヒルダの姿を認める。夜の霜は手足を冷やして舌を麻痺させた。暫くの間、彼は無言で彼女を見つめる。そうして落ち着いた後、あたりは静かになる。星は明るく輝いていた。

「ウォルター!」とブルンヒルダが叫ぶ。その声はウォルターの心に響き渡り、彼の束縛を破る。

「ああ、これは現実なのか、真実なのか!」ウォルターはまだ信じられないといった様子で叫ぶ。

「いいえ、これは嘘じゃない。私は本当に今ここに生きて存在している。さあ、早く山の中にあるあなたのお城に帰りたいわ。」

 ウォルターは周りを見回した。老魔法使いは姿を消していた。ウォルターはあらかじめ用意していた服装をブルンヒルダに与えて着替えさせる。馬に乗って背中にブルンヒルダを乗せた。すると彼女は泣き出した。

「ああ、急いで夜明けまでにお城に戻って。私の目はまだ弱すぎて日の光に耐えられないの。」

ウォルターは喜んで鞍に飛び乗り、馬でかけていくのであった。

 ウォルターは城に戻る。老齢の使用人以外は誰にも見られなかった。その使用人を脅迫し、秘密を漏らさぬことを強要した。

「私はここで光に耐えられるまで、ここでしばらく留まりたいと思います。」

 そうしてブルンヒルダはウォルターの城で隠れて住んだ。城の中で彼女の存在を知っていたのは先程の老齢の使用人だけであった。老齢の使用人がブルンヒルダに食事を提供していた。最初の7日間は灯火以外の光は入らぬように過ごした。次の7日間は太陽が山頂をかすかに照らす間だけ、高い開き窓を通して光が差し込むようにした。

 ウォルターはブルンヒルダの側から殆ど離れることはなかった。こうして2度目の7日間が経過し、ウォルターは初めて光が充満するなかで、彼の愛する存在を見た。彼女の顔からは墓にいた時の痕跡はすべて消えていた。彼女の薄い頬に、夜明けの薔薇のように美しい色合いが、光り輝いていた。かすかな墓の汚れは喜ばしいすみれ色の香りに変化した。ウォルターは日の光の中で彼女を見つめていたので、もはや不安や恐怖といったものは感じなかった。ウォルターはブルンヒルダを抱きしめたが、ブルンヒルダはあくまで優しくそれを断る。

「また再び月が欠けるまで、私を抱きしめるのは待って。」

 ウォルターは少し苛立ちながら、もう一回7日間の時を待たなければならなかった。ブルンヒルダは以前よりも美しく感じた。ウォルターは深く魅了され脳熱をもって彼女を抱きしめようとする。だがブルンヒルダはまだ彼の情熱を拒み続けた。「ああ、なんてこと!」と彼女は叫ぶ。

「この世に存在する単なる娘が、あなたの妻の地位を持っている。死から浄化された私はあなたの妾になるしかないわ。そんなことは決してあってはいけない。あなたの城の中では私はかつて領主の妻として君臨していたわ。それは私のものよ。」と彼女は付け加えた。彼女は熱烈なキスをしてすぐに消えた。ウォルターはすぐさま豪華な部屋を飛び出し、城を跡にした。嵐の如き速さで馬をかけて荒野を駆け抜けていった。そして、ウォルターの現在の妻・スワンヒルダの優しい抱擁や子供たちの愛は、ウォルターの激しい欲望を抑えることは出来なかった。

「あの人は、私達を捨てるのかしら?」

 ウォルターはスワンヒルダとお互いに合わないということを、暗に示すようになっていた。スワンヒルダは動物的な騒々しい人生は好まない。彼女は慎ましやか楽しめる人生に満足していた。だが次第に彼女の冷めた気質はウォルターの熱烈な気質とは合わなかった。ウォルターのだんまりとため息はスワンヒルダが得た返事だった。そして翌朝、ウォルターはスワンヒルダに離婚状を突きつけ、自分の父親の元へ帰る自由があることを告げた。スワンヒルダも特に逆らうことなく離婚状を受け取る。それでも彼女は家を出る前にウォルターに警告した。

「私はこの離婚の原因を嫌という程察しているわ。ブルンヒルダの墓であなたがいるのを見たことがある。そしてある夜、天が突如雲のベールで包まれた時でさえ、あなたが墓にいるのを見たわ。ああ、貴方は死んで夢を見ている者を目覚めさせる軽率な行為をしたのよ。あなたは愚かな男よ。」

 その後スワンヒルダは子供たちに言付けを言い渡して城を後にした。子供たちは国の習慣に従い、父方に属することになっていた。子供たちの涙を受けて、子供たちには母親の愛を与えた後、スワンヒルダは夫の住居を離れ、実家に戻ったのであった。

 こうして自愛に満ちていたスワンヒルダは城から追放された。そしてウォルターは新しい花嫁として愛人を迎え入れたのだ。だがその新しい愛人は、どうみてもウォルターの最初の妻ブルンヒルダに似ていると使用人たちは噂した。ウォルターの部屋は高価な装飾品で覆われた。その中には紫色のカーテンもあった。ああ、不幸なウォルター!ウォルターの足元で起きている深淵を彼は見ていない。新たな花の香りに酔いしれているのだ。

 ウォルターは幸せな時を過ごしたが、彼の城にいる使用人たちは違った。ウォルターの新しい妻は既に死んだはずの最初の妻・ブルンヒルダと奇妙なまでに似ていた。特徴、声質、そして動作の違いが一つも無かった。こうしたことに加えて、生前のブルンヒルダが背中に持っていた特徴的な模様さえも、新しくきた花嫁の背中にあったのだ。こうして噂はすぐさま広まり、あの女は降霊術で蘇った最初の妻、ブルンヒルダその人ではないかという噂がすぐに広る。同じ屋根のもとで墓の住人と一緒に住むということは本当に恐ろしいことである。ブルンヒルダに対して嫌悪感が広まり、蘇ったという迷信を信じる者もいた。金の装飾は決してブルンヒルダを飾らず、煌めきを与えなかった。彼女は銀で出来ていた。

 ブルンヒルダはいつも陽気な日差しを避け、一番明るい時間帯を過ごすことはなかった。夕暮れや月の幻想的な時間帯になると外出することがあった。彼女は死ぬ前と同じように周りの者に傲慢に振る舞い、鉄の様な支配をした。彼女が行った超自然的な力の恐怖は、彼女に近づいたものをぞっとさせたので、これまで以上に恐ろしい存在であった。彼女の怒りを伴った強烈で神秘的な一瞥は、犠牲者を全滅させるように見えた。スワンヒルダがいた時は、城は明るくて穏やかだったのに、今や広大な砂漠の墓となりはててしまった。この恐怖の居住地は、雄鶏の鳴き声が彼らを震え上がらせた。ブルンヒルダに仕えていた女中の不安は大きかった。そして何人もの女中がやめていくのであった。そして時間が経つにつれて国内の人々も逃げ出すようになった。恐怖が彼らを支配したからだ。

 魔術師はブルンヒルダに人工的な生命を与えた。そしてそのエネルギーが死から蘇った彼女の体を支えていた。だがその体は生命の輝きをずっと維持するものでもなかった。死がその生命の輝きを衰えさせてしまったのだ。ブルンヒルダは今やヘビよりも冷たい存在である。だが彼女は夫の暖かい情熱を受け入れる為にも、熱意で活力を戻す必要があった。魔法の渇きは彼女の静脈で鈍い流れを生み出す必要があった。それは生命の輝きと愛の炎‐それは忌まわしき人間の血‐まだ温かいうちに、若者の静脈から吸収するというものであった。これは彼女の渇きを癒す地獄の飲み物である。ブルンヒルダは夫の元にいない時は、渇きを癒すために絶えず血を求めた。夫の血を吸わないようにするのは、最大級の努力であった。彼女は活力に満ち溢れた無邪気な子供を見た時は、優しい笑顔と巧みな言葉使いで安心させ、自分の部屋に招き入れる。そして彼女の腕の中で眠ると、その胸から絢爛な生命の流れを吸い取っていった。これは男子も女子も関係なく、ブルンヒルダは子供たちにとって脅威の存在となった。このように子供たち、若者、乙女たちは瞬く間に消え失せていく。哀れな犠牲者は生命の活力を奪われ、眼の光沢は失い、髪は灰色になっていった。親たちは子供たちを蝕む病気を恐れ、恐怖によりなんとか子供を守るべく薬やお守りを用意するが、その病魔を払う事ことができず無駄に終わる。哀れな犠牲者は死ぬか、死なないにしても老人のように皺だらけになるのであった。両親たちは強力な薬草や神聖な蝋燭、厄払いを用意するがこの事態を回避できない。子供たちは次々と墓に沈み込むことになるか、もしくはその若い容姿が、ブルンヒルダの不気味な吸血鬼の抱擁により、衰弱した年齢となるしかなかった。

 しばらくすると世間では奇妙な噂が蔓延しだした。それはブルンヒルダ自身が、この恐怖の原因であると囁かれた。だが誰も彼女がどうやって犠牲者を餌食にしたのかまでは分からない。しかしとある子供が無事逃げおおせることができ、ブルンヒルダによって腕の中で眠らされていたことを告白したため、その疑いが事実へと変わった。この恐ろしい地から逃げる為、少々の財産を持って領地から逃げていく人々が後を絶たなくなった。

 こうして城はより寂しい外見を呈した。そして毎日城の近郊では、空き家が目立つようになった。数人の老齢で弱った老婦人と白髪の召使以外は、多くの従者は立ち去っていた。

 この事態をウォルターだけは気が付かなかった。彼はブルンヒルダがいるだけで幸せだったのだ。彼はかつて抱いたような不機嫌な表情は、今や完全に消えていた。彼女は絶えず、墓から蘇った経験を至福なものとして一緒にウォルターと談笑した。このような魅力的な呪文により、ウォルターの身の回りで起きていることを知覚するのは不可能であったのだ。しかしブルンヒルダは野蛮な悲しみを想像せざるを得なくなった。なぜならもう近郊では若者は存在していなかったからだ。ウォルターとウォルターの子供たちを除いては。そう、次の犠牲者はウォルターの子供たちでなければならなかったのだ。

 スワンヒルダが去るときに任命した子供たちの世話係は、ブルンヒルダが最初に城に戻った時は不信感を抱いていた。しかしブルンヒルダはこの老いた使用人の監視を回避するために、スワンヒルダの子供たちから信頼を勝ち取った。子供たちは無防備だった。ブルンヒルダは子供たちに突飛な物語を聞かせて物語を暗唱し、興味を持たせた。子供たちはブルンヒルダの膝の上でその話を聞いた。ブルンヒルダはすみれ色の息を吹きかけ、子供たちを眠らせる。そしてその胸から生命の暖かい炎を吸い取るのであった。子供たちは気を失いそうな疲れを感じたが、苦痛は感じなかった。だが間もなくして、夏の小川が乾燥する時期になると、子供たちの生命の輝きは失われてきた。元気いっぱいな笑い声はかすかな笑い声になり、そして次第に子供の笑い声は単なるささやきになるほど消え去った。スワンヒルダに任命された年老いた子供の世話係は恐怖と絶望に支配される。この世話係はブルンヒルダが元凶であると確信していたが、当主たるウォルターはこの恐ろしいブルンヒルダを溺愛しており、この推測をウォルターに進言することは、とてもではないが恐ろしくて出来なかった。そしてついに、ウォルターの子供たちは死んでしまう。

 父であるウォルターは、子供たちの死に深く苦悩した。ウォルターはそっけないようで実は子供たちを強く愛していたのだ。だがそれは子供たちを失う時まで、子供たちの存在が大きいことに気が付いていなかった。ウォルターの苦悩はブルンヒルダを不快にさせた。

「なぜ、そんなに嘆き悲しむの?あなたは私の愛しさに飽きてきた?もしかして、あの女のことを後悔しているのかしら?子供たちは成長したら、あなたの魂と愛に近付けたのかしら?塵は塵に…墓から蘇った私は、あなたの愛からまだ遠いの?永遠に私のものになる望みは叶えられないの?」

 ブルンヒルダは涙ながらに憤りを訴え、ウォルターに自分の存在を訴えるのであった。こうしてウォルターは自身の涙を乾燥させ、再びブルンヒルダへの情熱に身を任せるのであった。

 城や領地では、もはや男児も女児も、子供と呼べる存在は全てが消失してしまっていた。墓に入らずに済んだ人々は、死の領域から逃げ出していた。その為現在、この女吸血鬼の渇きを癒せる人間は存在しなかった…ウォルターを除いては。ウォルターを死なせてはいけないと熟慮する勇気、今後起きるであろう悲しみを感じる感情は、彼女の胸にはなかった。墓にいたものブルンヒルダは、滅びるまで食欲を満たすために、犠牲者を探し求める。最終的には地上のすべての人が犠牲となる。これは降霊術により墓の眠りより起きた者、つまり死者が従わなければならない摂理であるのだ。

 ブルンヒルダはすみれ色の息をウォルターに吹きかけ、深い眠りを与える。ブルンヒルダの唇はウォルターの胸から血を吸い始めた。ウォルターの活力と情熱は減衰し、光沢のあった黒い髪は白髪となった。ある日ウォルターは活力を戻すために、その日はオークの木のもとで横たわっていた。ふと見ると薔薇の根が落ちていたのを拾い上げていた。その香りを嗅ぎ、口にしてみたが、ヨモギよりも10倍は苦かった。しかしその苦味が奇跡的な効果を与えることになる。実はブルンヒルダの麻酔効果のある息の防御になるのだ。

 夕方、ウォルターは城へと戻る。ブルンヒルダは何時もの様に魔法の息を吹きかけるが何の効果も生じない。この時ウォルターは初めて、自然な眠りで目を閉じた。だがまだ眠りは浅かった。ウォルターは胸の痛みで起き上がるのであった。するとそこには、血で自身の唇を濡らしたブルンヒルダがいた。ウォルターはこの恐ろしい光景に飛びあがる。

「化け物!」(直訳)とウォルターは叫ぶ。

「お前は私を愛しているのか!?」

「ええ。でもその愛は死の如く。」悪意に満ちた冷たさでブルンヒルダは答える。

「血のクリーチャーめ!」(直訳)ウォルターは続ける。

「私を長いこと盲目にしていた幻想は終わりだ!お前は私の子供たちを破壊した悪魔だ!私の血脈たる子供たちを殺したんだ!」

ウォルターは起き上がり、恐怖で震え上がりながら一瞥を投げる。ブルンヒルダが答える。

「あの子達を殺したのは私ではないわ。貴方の猛烈な欲望を満たすために、暖かくて若い血を取り入れて自分を満たすことを、私は義務付けられたの。あなたこそが殺人鬼よ!」

このブルンヒルダの恐ろしい言葉は、これまでに死んでしまった者すべての者の絶望が、ウォルターの怯える良心に響き渡るのであった。

「なぜ?」と彼女は、ウォルターの恐怖を増加させる物言いで続ける。

「なぜあなたは、私をさも人形の如く言うのかしら。墓で寝ていた死者を、態々あなた自身の手で、あなたの寝床に連れて行く胆力があったのに。さあこの馬鹿げた空想を追いかけて、この心からの至福を味わって」

 そういってブルンヒルダはウォルターの腕を掴もうとする。この行動はウォルターの恐怖を助長させた。

「なんて呪われた存在なんだ!」

ウォルターは大急ぎで部屋を出る。

 ウォルターの盲目による精神錯乱から覚めた今、ウォルターの良心は叱責を繰り返し、恐怖に陥った。子供たちの世話係であった老いた使用人の助言と注意に耳を貸さず、代わりに中傷してしまったこと、そして自分自身の盲目さを罵った。だが彼の悲しみはあまりにも遅すぎた。なぜなら悔悟の念は罪人の為に許しを得るかもしれないが、運命を変えることは出来ないからだ。墓からは殺された人を思い出すことは出来ない。ウォルターは山の孤立した城にはもう戻らないと決心する。最初の明け方は、ブルンヒルダは現れなかった。だがこの逃避行は油断が大きかった。次の朝起きると、ブルンヒルダの腕、そして彼女の長い真っ黒な髪に巻きつかれている状態で目が覚めたからだ。ブルンヒルダの息は今なお、魅了の能力を有していた。彼は目が覚めるまで彼女を抱きしめていた。だが起きてからは彼女の抱擁に純粋な恐怖を覚えて、後ずさりするのであった。一日中、彼はブルンヒルダから逃れるために一人当てもなく荒野をさまよった。そして夜、洞窟に身を寄せる。洞窟は陰惨な場所であるので、ブルンヒルダにもう一度会うのではないかという恐怖が付きまとい、彼は言い表すことのできない恐怖を感じていた。しかし、ああ!ウォルターがブルンヒルダから逃げようとした努力は無駄に終わった。目が覚めた時には、その隣にはまたブルンヒルダが一緒に寝ていたのだ!ウォルターは隠れ場所を探した。岩の下や海の窪んだ場所に穴を作ったりした。だがウォルターの存在はブルンヒルダに伝わっているようで、彼は逃げおおせることが出来なかった。

 ウォルターは狂気を推しこめて、自分自身と戦った。太陽が出てから彼は木の木陰で休んだ。西に日が落ちていた時よりは幾分か不安は和らいだ。だが睡眠欲に従うことについては不安に陥らせた。風によりガタガタいう葉っぱは、まるで罪人の呻きの様に聞こえた。または殺人者の手により、今にも息絶えそうな哀れな人のかすかな叫び声の様に聞こえた。フクロウの鳴き声も恐ろしく聞こえるのだった。ウォルターの髪は風により、彼のこめかみと肩のまわりで、絡み合っているような黒い蛇のごとく、無秩序な状態で伸びていた。

 爆風のような風の中で、ウォルターはブルンヒルダの恐ろしい口づけを感じ取った。キーキー鳴いている鳥の鳴き声は、ブルンヒルダの声がかすかに聞こえた。朽ちかけた葉っぱは、ブルンヒルダを目覚めた寝床、つまり納骨所の臭いを漂わせていた。夜の闇からどこともなく、声が聞こえてくる。

「お前は自分の子供を殺した殺人鬼だ!」

「穢れた墓場で酒盛りをするかの如く、血に飢えた吸血鬼の情夫め!」

 ウォルターは絶望のあまり、髪を乱れさせながら満月が輝く雲の下で疾走する。そしてブルンヒルダが死から覚めた時におびえていた時のことを思い出した。
「我の力が要となったのであれば、月が満ちているとき、その地点の山々の三つの道が交わるところを探せ」と。ウォルターは望みをかけてこの魔法使いを探すことにする。

 ウォルターが件の場所につくと、静かに石に鎮座する老人の姿を見つけた。明るい月明かりが降り注いでいた。

「あなたは後から来たのですか、御老人?」

ウォルターは老魔法使いの足元に跪いて、息を切らせつつ苦悩の口調で叫ぶ。

「ああ、わたしを助けて下さい。どうか死と孤独をばら撒く、あの化け物から私をお救い下さい!」

「なぜこの神聖な警告をしたと思う?なぜ我の、墓場を冒涜する行為を待ったのかね?」

「なぜこの神聖な警告をしたと思う?我の健全な忠告‐『死者を起こすことなかれ』(Wake not the dead)ということを悟らなかった?」

「お主は自分の猛烈な情欲よりも他の声を聞くことが出来たのか?我がお主に警告した正にその瞬間、お主の猛烈なその苛立ちは収まったかね?」

「そうです、そうです!あなたのお叱りは当然です。しかしそれは今どのように役立つのですか?私は今、早急にあなたの助力が必要なのです!」

「そうか」老魔法使いは続ける。

「お主を助ける手段はまだ残っておる。だがそれは恐怖を伴い、お主自身の決意が求められる。」

「それを、それを仰ってください!それとも今、私が耐え忍んでいる悲惨な状況よりも、もっと恐ろしいことが待ち受けているのですか?」

「ならば教えてしんぜよう。」魔法使いは続ける。

「新月の夜のみ、お主の情婦は死人のように眠りにつく。そして彼女が墓から受け継いだ超自然的な力は、その時だけ力を持たぬ。その時だ、その時にお主は彼女を殺害しなければならぬ。」

「どのようにして殺害するのですか!?」ウォルターの声がこだまする。

「うむ。」老魔法使いは静かに返す。

「この鋭い短剣をお主に与える。これで彼女の胸を突くのだ。そして突くのと同時に、彼女に纏わる記憶を放棄するのだ。決して彼女のことを意図的に想い続けることを二度としないと誓え。もし無意識にでも想ってしまうと、お主に降りかかるこの呪いは繰り返される。」

「なんて恐ろしい!だがあの化け物よりも怖い存在がいましょうか?私は彼女の殺害を実行します!」

「ならば次の新月までに、その決心を保っておくのだ。」

「何故待たなければならないのです?」ウォルターはさらに叫ぶ。

「ああ、その時は間もなくやってくると言うのに!彼女の野蛮な血の渇きは、いずれ私を強制的に夜の墓へと連れて行くことだろう!若しくは夜の狂気に当てられ、私の精神は恐怖へといざなわれてしまう!」

「いや、我は彼女の攻撃を防ぐことができると答えたのだぞ。」と魔術師は言う。更に魔術師はウォルターを山の中の洞窟へと案内した。

「7日間を2度、ここで耐え抜くのだ。」魔法使いは更に続ける。

「ここでは彼女の恐ろしい抱擁から守り抜くことができる。だからこの場所から離れたいと思う要求を持たぬよう、注意するのだ。ではさらばだ。月が更新されるときに、我は再びここに訪れることにしよう。」

そう言って魔法使いは洞窟の周りに魔法の円を描き、すぐに姿を消したのだった。

 2度の7日間、ウォルターはこの孤独の中で、自分の恐ろしい考えに怯え、そして激しい後悔を考え続けた。未来は、ウォルターが必ず行うことになるであろう恐ろしい所業のイメージを与えた。過去は、ウォルターの罪により、悔いることとなった。ウォルターはブルンヒルダと一緒にいることこそが、幸せであると以前はそう思っていた。だが今は、恐ろしいブルンヒルダの存在は、血を吸い取るための汚らわしい唇を想起させた。あるいは、ウォルターは後妻スワンヒルダと平和に過ごした日々、ブルンヒルダに殺されてしまった自分の子供の影を思い出していた。ウォルターは魔法円の周りをうろつき、洞窟が恐ろしく響きわたるほど、ウォルターの名前を叫び続けるブルンヒルダを見て、夜は一層恐ろしくなっていた。

「ウォルター!私の最愛の人!」彼女は哭く。

「どこにいるの、私を避けているの?あなたは私のものではないの?これからは私のものでないの?それとも私を殺そうとしているのかしら?ああ、私達2人共が破滅に向かうような真似はよして!」

 このようにして、この恐ろしい訪問者は毎晩のようにウォルターを苦しめた。ブルンヒルダがいなくなっても、ウォルターの休息は奪われたのだった。

 新月の夜は、それがまるで運命をもたらすかのように、暗く登場した。魔法使いが洞窟へと入ってくる。

「期限通りの時間が来た。出発しようではないか。」とウォルターに「さあさあ」と話しかけ、馬に乗る。そして魔法使いは、ブルンヒルダの夜の訪問に関連し、永遠に彼女を破滅させることが成し遂げられるかどうかを尋ねた。

「死を免れない意図とは!」魔法使いは叫ぶ。

「別の世界の暗黒の秘密を掘り下げてなお、天と地を隔てる溝に浸透しないことなのかもしれない。」

ウォルターは馬に乗るのに躊躇した。

「だが意思を固く持つのだ!」と魔法使いの仲間が叫ぶ。

「これはお主を一度審問するために与えられた機会である。無はお主の情婦の力からお主を護ることができる。」

「彼女自身よりも恐ろしいことがあるでしょうか?私はブルンヒルダを殺すことを決意しました。」

とウォルターは魔法使いに続いて馬をかけさせていく。

 すぐさまウォルターは自分の根城へと戻ってきた。すべてのドアが迅速に開いて、ブルンヒルダの部屋についた。彼女は寝台の側で立っていた。静かな眠りを仰いでいた。ブルンヒルダは彼女の本来の魅力をすべて再現し、あの恐ろしい痕跡は彼女の顔から消えていた。ブルンヒルダはとても天使の如く純粋で優美で、そして無慈悲に見えた。彼女と一緒に過ごした甘い時間が、ウォルターの記憶の中を駆け抜けた。ウォルターの震えた手は、魔法使いが指し出した短剣を取ることが出来なかった。

「彼女への攻撃は、今すぐにでも与えなければならない。」と魔術師は言った。

「遅くともあと1時間ほどで、彼女はお主の心臓から暖かい生命の雫を吸い取り、お主の懐の中で眠りにつくであろう。」

「恐ろしい、なんて恐ろしいんだ!」とウォルターは震え、顔をそむけながらも彼は叫び、ブルンヒルダの胸に短剣を突き刺した!

「私は永遠にあなたを呪うわ、ウォルター!」
そしてブルンヒルダの冷たい血が、ウォルターの腕に降りかかる。ブルンヒルダはもう一度目を見開き、彼女は夫に世にも恐ろしい一瞥をくれてやり、死の口調で言った。

「お前の運命も破滅を迎えるのよ!」

「さあ、すぐにお主の手を彼女の死体の上に置くのだ」と魔法使いは言った。

「そして誓約を誓うのだ。」

ウォルターは魔法使いの言葉に従い、次の様に宣告した。

「私はブルンヒルダを愛しているとは思っていませんし、意図的に彼女を想起することは決してありません。そして彼女の肖像が無意識に私の心に浮かび上がっても、私はそれを憎むべきものだといって怒鳴りつけるだろう。」

「これでお主は今、やるべきことは全て執り行った」と魔法使いは答えた。

「このように、彼女を土に返してやれ。だがお主はとても愚かな方法で彼女を呼び戻してしまうだろう。だから必ず、お主がたてた誓いを絶えず思い出すのだ。もし一度でも忘れてしまったのなら、彼女は再び舞い戻ってくる。そうなればお主は必然的に終わりだ。ではさらばだ。もう二度とお互い会うことは有るまい。」

 以上のような言葉を残した後、魔法使いは部屋からでた。そしてウォルターも速やかに死体を埋めるように指示した、この呪われた居城を後にしたのだった。

 素晴らしいブルンヒルダは元の墓で再び安息を得た。だがブルンヒルダのイメージはウォルターの想像力に絶えず付きまとった。その為ウォルターは一人の殉教者のように絶え間なく苦しんだ。過去の悍ましい幻を記憶から消し去る為に、彼は絶え間なくその恐怖と奮闘した。だがその恐怖を追い払うためのウォルターの努力が強ければ強いほど、より頻繁に、より鮮明に蘇ってきた。ウォルターの想像力はブルンヒルダ以外、イメージが出来ないように思われた。今、彼は、美しい胸から血が流れ、息絶えるブルンヒルダを思い起こしていた。他には青春期に美しい花嫁に会ったことを思い起こしていた。その人物は墓の眠りを妨げたことをウォルターに避難した。そしてウォルターは双方に伴う恐ろしい言葉を言うように強制された。

「私は永遠にあなたを呪う。」

 その酷い呪いは、絶えずウォルターの唇から漏れ出るのであった。ウォルターは彼女を忘れることができず、夢の中では彼女を見かけずに済むことはなかった。自分を自分の腕の中で見つけることができないことと同じように、彼は絶えざる恐怖に陥っていた。他には彼はブルンヒルダが言った期限切れの言葉を想いだし、大変なことであると驚き、破滅の運命が回復できないほどに過ぎてしまったと想像した。彼はどのようにしてこの脳にこびりついてしまった恐怖を消すのだろうか?戦争においては、その喧騒のなかで身を費やした。だがここでもウォルターはがっかりした。勝利の歓喜のなかで苦悩を叫びながら、彼は気を晴らすことが出来る救済が見つかることを望んだ。不安の恐怖の牙が、今まで恐怖を知らなかったウォルターを襲った。彼に降りかかった一滴の血は、ブルンヒルダから流出した冷たい血のようであった。ウォルターの側で倒れた瀕死の哀れな人たちは、ブルンヒルダのように見えた。息を引き取る間際、ブルンヒルダは叫んだ。

「お前も地獄に落ちる運命にあるのよ!」

 こうして恐怖を克服できないウォルターは、戦場を後にするしかなかった。なんの実りもない放浪をし、多大な疲労を伴ったウォルターは自身の城へと戻った。城では剣が錆び、疫病によりすべて破滅させられていたかのように、ほぼすべてが荒れ果てて静かであった。出ていく前、ウォルターに仕えていた使用人も少ないながら残ってはいた。だがカインの烙印を押された後のように、その使用人たちでさえ、もう城からは立ち去っていたのだ。ウォルターは死人とは手を切り、生きているものから孤立してしまい、ウォルターは他の人との交流は拒否されてしまったと感じた。

 ウォルターは度々、城の城壁に立って荒涼としてしまった領地を見下ろす。そして孤独になってしまった今の状況と、スワンヒルダの、厳しいながらも善意のある規律の元で暮らしていた活動的な日々を比較していた。ウォルターは今、スワンヒルダだけが、自分の人生を受け入れてくれると考えた。しかし、自分を深く恨んだ人が再び許してくれて自分を受け入れてくれるだろうか?ウォルターは希望を持つ勇気を持った。苛立ちは恐れよりもより良い物を得る。ウォルターはスワンヒルダを探し出した。そして深い悔恨を持って、自分の複雑な罪の意識を認める。ウォルターは荒涼としてしまった自分の城に戻り、再び満足と平和の居住地になるようにして欲しいと、スワンヒルダの膝に抱きつき、彼女に許しを請うた。彼女の足元で淡い形、つまり最近まで青春の花を咲かせていた青年の影が、スワンヒルダに触れた。

「あの愚かなことは」とスワンヒルダは静かに言う。

「あの愚かなことは私に悲劇をもたらしたわ。その多くの悲しみが私に怒りというものを掻き立てさせることはなかった。だけど一つだけ聞かせて。私の子供たちはどうしているの?なぜこの場にいないの?」

この恐ろしい質問に、自らも苦しんでいた父たるウォルターは暫くの間、返事を返すことができなかった。だがウォルターには厳しい真実を打ち明ける義務があり、それを遂に告白した。

「…私たちは永遠に分かれたままよ。」と、スワンヒルダは答えた。ウォルターは涙ながらの嘆願をしたが、スワンヒルダが放った宣告を取り消すことは敵わなかった。

 ウォルターの最期の願いは奪われ、最後の慰めが失われたことにより、死者の様に貧相の態を表した。ウォルターは帰路につく。その道中、自身の城の近くの森を歩いているときのこと、悲しい空想に夢中になっているときに突然角笛が鳴り響き、ウォルターを幻想から呼び起こした。すると黒い服を纏い、同じ色の馬に乗っている女性の姿を見つけた。彼女の服装は狩猟者のようだった。彼女は腕に鷹の代わりにカラスを乗せていた。そしてその黒い彼女は、騎士と婦人の陽気な団体の輪に加わった。ウォルターの最初の挨拶が成功し、その彼女は自分と同じ帰路を進んでいることが分かった。そしてウォルターの城がすぐ近くであると分かると、彼女は城に留まりたいということを頼んできた。その晩は早くふけていった。この美しい見知らぬ美人の姿が、ウォルターに大きな衝撃を与えたため、ウォルターはこの美女の申し出を大いに喜んで従った。彼女の髪は茶色で目が暗く輝いていることを除いては、彼女はスワンヒルダに似ていた。豪華な宴会を催し、ウォルターは参加者を楽しませた。歓びの歌は、最近寂れてしまった城をにぎわせた。3日間この歓喜は続き、ウォルターは悲しみと恐怖を忘れてしまったようだった。だが彼らが来る前と比べて、城は悲しみが増える前に比べて100倍も荒れているように見えた。ウォルターの熱心な要請により、その見知らぬ美女は7日間、そして次の7日間も滞在することに同意したのだった。彼女は特に頼まれもせずに、スワンヒルダの慣れた手つきと同じぐらい控えめに、そして陽気に城を管理してくれたので、最近陰惨で恐怖が満ちていた城が、喜びと祝祭が溢れる住居となった。そしてウォルターの悲しみは、その快活さの最中で完全に消え去ったのだった。ある夜、彼らは従者から離れて歩いていた時に、ウォルターは陰惨で恐ろしい歴史を彼女に打ち明けた。

このウォルターの話が終わった後すぐに彼女は「私の親愛なる友人よ」と返し、続ける。

「あなたを苦しめるすべての出来事は終わりを告げました。あなたは死者を墓の眠りから目覚めさせた後、理解したことがある。それは死者は、生者に対する同情を備えていないこと、そしてそれを予見した。それで?あなたは二度と同じ過ちを犯さないでしょう。」

 あなたは人を殺してしまったが、再びこのように生活を呼び戻した。しかしそれは見た目だけである。なぜならあなたは全く生存していなかった生命を奪うことができないからだ。あなたはまた、妻と2人の子供たちを失った。しかし次の年でその損失はいとも簡単に修復された。それは貴方と喜んで寝床を一緒にし、再びあなたを父親にする美人がいたからだ。しかし、これからは墓を開けてそこに眠りにつくかどうかを尋ねてくる。
 こうして新しい彼女は頻繁に励まし応援してくれるので、短期間のうちに彼の憂鬱は完全に消えてしまう。そしてウォルターは未知数な彼女に興奮と情熱の想いを告げ、彼女もウォルターを拒否しなかった。その7日後、結婚式が執り行われた。その祝いの騒ぎは、城の土台が嵐のような騒動で揺れるようであった。ワインは豊かに流れ、コブレットは絶え間なく運ばれた。そして未知なる花嫁に従う従者たちの、狂気にも似た笑いの叫びが爆発し、その暴飲が最大限に達する。ウォルターはワインと愛に熱中し、契を交わす寝室に花嫁を招き入れた。しかし、ああ!なんて恐ろしい!ウォルターが彼女を抱きしめようとした瞬間、彼女は巨大な蛇に変身したのだ!そしてウォルターを恐ろしく畳み込むようにして、ウォルターに絡みついた。そしてウォルターを押し潰して死に至らせた。炎が部屋のあちこちで巻き起こった。数分後、城全体が炎の中に包み込まれて、そして完全に消えた。焼け残った壁が激しく崩落する時、叫ぶ声が聞こえてきた。

『死者を起こすことなかれ!(Wake not the dead!)


 ここまでご覧下さり、ありがとうございました。長くなったので、次の記事で作品の解説をします。大まかな内容が分かればいいというのが趣旨なので、細かい部分の誤訳はどうかご勘弁願います。ですが、あまりにも意味が違うような大きな間違いがあれがご指摘ください。
作品の解説は後日投降します。
若しくは下記の動画をご覧ください。



次の記事→最初の吸血鬼小説&最初の女吸血鬼小説『死者よ目覚めるなかれ』の解説


投稿者:

ノセール

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